二代 飯塚 鳳斎 】   いいづか ほうさい   1872〜1934


明治5(1875)栃木県生まれ。本名は定吉のち菊治。籠師・初代鳳斎の長男、琅?斎は六男。

明治43年一家で制作の拠点を東京に移す。

大正3年東京大正博覧会に「竹製笈」など3点を出品、銀牌を受賞する。

大正4年大正天皇即位に伴う大嘗祭に「神服入目籠壱対」を宮内庁から制作依頼され、父・鳳翁
(64)弟・弥之助(琅?斎25)と共に制作。


大正7年工芸展入選。大正11年平和記念東京博覧会、商工展などで受賞。

大正14年パリ万国装飾美術工芸博覧会で笈形器局が名誉賞を受賞。また農商務省主催図案及応用作品展、商工省所管工芸展などで受賞、活躍する。


木竹工芸会同人。東京美術竹工芸会会長。

卓越した技術に基づき、伝統的作風を継承しながらも、独自の作品の展開する。

昭和9(1934)歿、62歳。