近藤 悠三 】   こんどう ゆうぞう   1902〜1985


明治35(1902)28日京都市生まれ。本名は雄三。

大正6年京都市立陶磁器試験所付属伝習所轆轤科を卒業後、同試験所で助手として勤務する。

当時、河井寛次郎、浜田庄司が技手としており、浜田庄司より窯業化学などを学ぶ。


大正10年富本憲吉が大和安堵村に築窯、助手として師事、素地や釉薬などの技法だけでなく、制作に対する心構えについても指導を受ける。

大正13年京都に帰り、関西美術院洋画研究所でデッサンや洋画の研究をする傍ら、作陶をはじめる。

昭和3年第9回帝展で初入選、以後13回連続入選。昭和30年日本工芸会の帰属、翌年第3回日本伝統工芸展に『山水染付壷』で日本伝統工芸会賞受賞。

昭和52年「染付技法」で重要無形文化財保持者(人間国宝)
に認定される。

日本工芸会常任理事、陶芸部会長。京都市美術大学(現京都市立芸術大学)教授、のち学長。紫綬褒章、京都市文化功労者章受章。

昭和60(1985)225日京都で歿、84歳。