【 小阪 芳谷 】   こさか ほうこく   1835〜1877


天保6(1835)兵庫県三木町生まれ。本名は芳松。

父・治兵衛が大工家業のかたわら、主に木彫制作に励む姿を幼少の頃より見て育ち、自らも技を磨き制作に励む。

当時、三木に来ていた貫名海屋が、優れた才能を思い京都に出ることを勧め、数年間研鑽に励む。

浦上春琴や多くの風流雅人との交友を深めつつ、木彫の優れた技を究める。殊に熊谷鳩居堂主人の知遇を受け、茶道具を彫ったという。


その後、郷里に戻り木彫に専心するが、幕末の凄惨な気風が風靡、美術工芸の道もほとんど閉ざされ、真技も顧みられることも少なかった。

明治10(1877)7月歿、47歳。