【 香月院 深勵 】   こうがついん じんれい   1749〜1817


寛延2(1749)坂井郡蓑浦(現福井市蓑町)真宗大谷派大行寺に生まれる。本名は深勵、字は子勗亀洲・垂天社と号す。

8歳のとき、金津町永臨寺・壽天の養子となり、その法を嗣ぐ。

大谷派の学府・高倉学寮で慧林、随慧、寶月らの教えを受け、真言宗豊山派の智道、仁和寺の龍山から倶舎、唯識などの仏教学を学ぶ。

寛政2高倉学寮で講義し、4年後には最高学識の講師に累進し、香月院と号する。

学寮以外に諸国から弟子が1249人を数え、その中から講師に任ぜられた者も多い。

広汎な学識で、110部の著作があり、大谷派近代宗学の大成者と称される。

文化14(1817)78日永臨寺に寂、69歳。