【 南條 神興 】   なんじょう じんこう   1814〜1887


文化11(1814)815日越前金粕生まれ。徳母院良雄の長男。幼名は界雄、諱は神興、号は老南・雲栖・三濤。

文政8得度。文政11憶念寺住職。雲華大含に師事し、真宗学を研究する。

安政元年東本願寺の高倉学寮の寮司となり、「唯識三類境選要」を講義する。擬講、嗣講、権大講議、大講議などを経て、講師に昇任。

この間、教学事務顧問、大学寮総監をつとめるなど、当時の大谷派の教学を代表する。

佐々木徹周の異義問題の解決に努め、キリスト教を排斥して護法に尽す。

明治20(1887)628日遷化、74歳。