【 由利 公正 】   ゆり きみまさ   1829〜1909


文政12(1829)福井生まれ。福井藩士・三岡次郎の長男。幼名は義由、通称は石五郎。

文久2郡奉行に抜擢され、八郎と改名。明治3公正と改める。

熊本藩の横井小楠に学び、改革派の要人として藩政改革の富国強兵策の主導的な役割を果たす。

坂本竜馬の生前の進言により、新政府の参与に登用され、御用金穀取扱方となり、新政府の財政の危機を救う

五箇条御誓文の起草に参画し、また会計事務を担当、造幣局の創立および国債金札発行を建議する。

明治4東京府初代知事に任命され、元老院議官、貴族院議員をつとめる。


明治42(1909)歿、81歳。