【 小原 鐵心 】   おはら てっしん   1817〜1871


文化14(1817)生まれ。本名は忠寛。本保県の権知事。元大垣藩の重臣。

慶應41月新政府の参与職にあげられ、由利公正とともに会計事務掛となる。

明治元年11月の同藩藩治職制では、第一等官執政心得。

明治312月越前の旧幕府領を中心に成立した本保県権知事として、翌年1月辞令を受けたが病気のため赴任することなく、同年3月免官。

明治4(1871)4月歿、54歳。

福井孝顕寺の鴻雪爪とは、大垣藩主菩提寺・全昌寺住職時代から親交があり、文久2(1862)10月には福井に来遊、藩の名士と丹巌洞で会合し、時局を論じている。