【 加藤 寛治 】   かとう かんじ   1870〜1939


明治3(1870)10月福井市生まれ。福井藩士・加藤直方の長男。

13歳で海軍兵学校予備生徒となる。明治24年海軍兵学校を主席で卒業する。累進して昭和24月海軍大将となるこの間、日清・日露・第一次世界大戦に参戦。

筑紫・伊吹・比叡各艦長、海軍砲術学校長、第五戦隊司令官、横須賀鎮守府参謀長、海軍大学校長、ワシントン軍縮会議主席随員、軍令部次長、第二艦隊司令長官、軍令部長、軍事参議官、議定官などの要職を歴任する。

軍拡派で昭和56月ロンドン海軍軍縮会議の妥結に際し、政府弾劾の上奏文を提出して、軍令部長を辞職する。

昭和14(1939)2月歿、70歳。