【 土田 麦僊 】   つちだ ばくせん   1887~1936


明治20(1887)29日新潟県佐渡の農家の三男に生まれる。本名は金二。

明治37年京都に出て、竹内栖鳳に師事。明治44年京都市立絵画専門学校を卒業。

明治45年第5回文展で『髪』で注目される。近代文芸思潮の感化を受け、清新な作風を展開する。


大正7年村上華岳、小野竹喬、榊原紫峰、野長瀬晩花らと「国画創作協会」を結成。

近代感覚に根ざした清新な様式と、大和絵の伝統様式を総合した新境地を求め、近代日本画史上大きな役割を果たす。

大正10年竹喬、晩花とともに渡欧。約1年半にわたり西洋絵画の研究と制作を行う。


大正12年画塾「山南会」を設立する。昭和3年国画創作協会解散後は、帝展に復帰する。

昭和9年帝国美術院会員。
昭和11(1936)610日京都で歿、49歳。