【 浜田 観 】   はまだ かん   1898〜1985


明治31(1898)220日兵庫県姫路市生まれ。本名は仙太郎。

金島桂華の紹介で竹内栖鳳に師事。京都市立絵画専門学校選科を卒業、研究科に進級。在学中の昭和8年第14回帝展に「八仙花」で初入選。

昭和12年栖鳳門下生による葱青社の結成に参加。

昭和15年春の紀元2600年奉祝日本画大展に「南紀梅林」で大毎東日賞を、秋の奉祝美術展に
「けし」が京都市買上げとなり青穹賞を受賞、花鳥画家として脚光を浴びる。

戦後は昭和21年秋の第2回日展に「朝」で入選し、昭和22年第3回日展で、24年第5回日展で特選。

昭和27年第8回日展に初の審査員として出品。
昭和35年第2回新日展出品作「晨」が文部省買上げ。昭和38年第6回新日展に「朝」で文部大臣賞。

昭和40年、前年の第7回新日展出品作「彩池」で、第21日本芸術院賞を受賞する。

京都府美術工芸功労者、京都市文化功労者。昭和59日本芸術院会員となる。

昭和60(1985)106日京都市で歿、87歳。
日本画家・浜田昇児は長男。