【 石崎 光瑶 】   いしざき こうよう   1884〜1947


明治17(1884)411日富山県砺波郡生まれ。本名は猪四一。はじめ山本光一に琳派を学び、のち京都に出て、竹内栖鳳に師事する。

明治45年第17回新古美術品展に『薫風』で三等賞を受賞。第6回文展に『薫風』で初入選。以後、大正5年第10回文展まで連続入選する。

大正56年インドを旅行、その取材より大正7年第12回文展に『熱帯妍春』で特選。

大正8年第1回帝展に『燦雨』を無鑑査出品、再び特選となり反響を呼ぶ。

大正11年第4回帝展に初の審査員として『白孔雀』を出品、11月より欧州に遊ぶ。

大正13年帝展委員となり、帝展に出品を重ねる。

昭和8年第14回帝展に『雪山花信』を出品、また高野山金剛峰寺襖絵を制作する。

昭和11年秋の文展招待展、昭和15年紀元2600年奉祝美術展にも出品する。また京都絵画専門学校教授として後進の指導に尽力する。

昭和22(1947)325日京都市で歿、62歳。