【 西山 翠嶂 】   にしやま すいしょう   1879〜1958


明治12(1879)42日京都市生まれ。本名は卯三郎。明治25年竹内栖鳳に師事、京都市立美術工芸学校の助手・助教授をつとめる。

明治40年第1回文展から受賞を重ね、頭角を現す。大正5年第10回文展から3回連続特選。

大正8年第1回帝展に初の審査員として出品。昭和4年帝国美術院会員となる。

京都市
立美術工芸学校教授・校長として美術教育に尽力、また竹内栖鳳の娘婿として私塾「青甲社」を設立し、堂本印象、上村松篁らを輩出する。


昭和19年帝室技芸員を拝命。

戦後は昭和27年第8回日展に『やぎと猿』、同29年第10回日展に『黒豹』を出品。

京都市立美術大学名誉教授、日展運営会理事。

昭和26年青甲社30周年記念展を京都大丸で開催。

昭和32年文化勲章を受章。
動物画・人物画に名品を残し、竹内栖鳳歿後の京都画壇の重鎮として活躍する。

昭和33(1958)330日京都市で歿、78歳。