【 菱川 師福 】   ひしかわ もろよし   1845〜1941


弘化2(1845)514日福井上三ッ橋(現福井市照手)に生まれる。幼名は十四月・豊吉、のち儀平。

幼少の頃、歌人・橘曙覧の藁屋に通い手習いを受け、画を早瀬来山に師事して四条派の正統を学ぶ。慶応2年吉田郡松岡村、士族・小倉家の養子となる。

明治32年福井県知事・関新吾より、浮世絵の祖・菱川師宣にも匹敵すると称され「菱川師福」の号を、また大本山永平寺森田悟由禅師より「佳嶽堂」の画号が贈られる。


明治36年第5回内国勧業博覧会に『廓子儀図』を出品、陸軍中将・前田隆禮男爵の家什となる。


明治44年親鸞上人御遠忌650年にあたり、浄土真宗出雲路派・毫摂寺の襖絵・壁画・天井絵を揮毫。

大正13年皇太子殿下福井行啓の際『旧藩士馬威図』を献上、採納の栄に浴す。

晩年は子・松太郎の住む愛知県常滑町と福井とを往復し、制作活動を続ける。彩色を施した細密な仏画・花鳥画・風俗人物画を得意とする。

昭和16(1941)74日愛知県で歿、96歳。