【 林 文塘 】   はやし ぶんとう   1882〜1966


明治15(1882)520日京都生まれ。本名は幸三郎。はじめ前川文嶺、ち山元春擧に師事する。

春擧門下生による「早苗会」展に『花枇杷』などを出品、のち早苗会評議員、後素協会会員をつとめる。

大正3年第8回文展に『樵』で初入選、褒状を受賞。文展には大正4年、5年、7年と入選する。


大正8年井口華秋、池田桂仙、西井敬岳らと自由な制作をめざして「日本自由画壇」を結成、反帝展を鮮明にして、同画壇の定期展に『洛東五題』『薄景』などを出品する。

昭和18年「早苗会」の解散とともに「耕人社」の結成に理事として参加する。

明治41年満州に、大正6年、11年中国に遊ぶ。昭和41(1966)歿、84歳。