【 西井 敬岳 】   にしい けいがく   1880〜1937


明治13(1880)13日福井県武生旭町生まれ。福井藩松平家の絵師・西井敬美の次男。本名は敬次郎。

明治35年京都に出て山元春擧に師事し、早苗会に属す。

真美会展、美術研精会展などで受賞を重ね、後素協会員、巽画会会員、早苗会評議員をつとめる。

明治40年第1回文展に『瀑布』で初入選し、以後大正7年の第12回文展まで出品、『雨の夕』『怒涛』『戦場原』などで7回入選する。

7回入選作の『怒涛』は皇后陛下御買上となる。

大正8年日本自由画壇を創立にあたり同人として参加、その定期展に『夕映の戸隠』『朝鮮金剛山』などを出品する。

昭和3年御大典記念京都大博覧会に美術部委員。

昭和4年第1回国際美術展、関西画壇の代表委員。

日本各地だけでなく朝鮮・中国の名山を踏破、山水画を得意とする。


昭和12(1937)74日京都市で歿、57歳。