【 長田 雲堂 】   ながた うんどう   1849〜1922


嘉永2(1849)福井県丸岡生まれ。本名は彜、通称は憲郷、号は雲堂。

幼少の頃より書画を好み、15歳のとき京都に出て、中山信天翁の門にて南画を修める。

のち日根野對山、中西耕石に師事、さらに中国文化に憧れ、長崎に行き祖門鉄翁について研鑚。

明治3西郷隆盛の力添えもあって中国に渡り、中支・南支の旧跡名画に接し南画の描法を学び、明治7帰国する。

書道および漢詩にも造詣が深かった。外交型でなく芸術家気質で、日本の南画・文人画への功績は極めて偉大であった。


大正11(1922)東京で歿、74歳。